真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子が在陣した「名護屋城」~構造・整備状況を中心に~

名護屋城

概要

真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子は、1592(文禄元)年から1598(慶長3)年までの朝鮮出兵(文禄の役・慶長の役)において豊臣秀吉が本陣とした「名護屋城」(佐賀県唐津市)に滞在した。
「名護屋城」は玄海灘に突き出した波戸岬の付け根に当たる丘陵上に築かれており、公共交通機関によるアクセスは次のとおりである。
*大手口バスセンター(唐津市役所隣り)から「昭和バス波戸岬」行き「名護屋城博物館入口」バス停下車、徒歩約5分

なお、真田父子が在陣した経緯と「名護屋城」の築城経過などについては「真田一族と朝鮮出兵~『名護屋城』への在陣~」参照いただきたい。





本稿では、「名護屋城」の構造や整備状況、真田父子の陣所などについて探究する。

「名護屋城」の構造

「名護屋城」の全域は約14万4700㎡に及び、当時としては「大坂城」に次ぐ大規模な城郭であった。
その構造(縄張り)は上段・中段・下段からなる三段構えの「階郭式」を基本としている。
上段は本丸を中心に二の丸・三の丸・「弾正丸」・「東出丸」を、その北方下段に「遊撃丸」・「水手郭」を、さらにその下段に「上山里丸・下山里丸」・「台所丸」を設けている。

本丸へは、まず南に位置する大手口から「東出丸」を経て三の丸へ出るが、三の丸は比較的広く、複雑な構造をもつ。
三の丸からは大手門と推定されている門跡から本丸へ、西南隅からは長い「帯郭」を経て二の丸・「弾正丸」へ、西北隅からは「水手郭」・「遊撃丸」、さらに「上山里丸・下山里丸」へと通じる。

また、各郭への入口が左折を原則としていることは「名護屋」の特徴の一つであるが、それは縄張りを担った黒田孝高(官兵衛)が得意としたものであるという。

「名護屋城」の建築物

「名護屋城」の構造(縄張り)や建造物、城下の様子は、1965(昭和40)年頃に発見された「肥前名護屋城図屏風」(以下、「絵図」と称す。)から具体的に知ることができる。
この絵図は狩野光信が描いたもので、「名護屋城」を中心に、周囲に城下、諸将の陣、名護屋浦と串浦などが描かれている。
本丸の西北隅に白亜で五層の天守がみられるが、『名護屋家記録』には「殿主七階上り居候」とあることや、「安土城」や「大坂城」などとの比較から、地下1階、地上6階の計7階であったと考えられている。
天守の形式は「後期望楼型」に属するもので、当時のもっとも進歩的で豪壮な高層建築である。

本丸にみられる多くの殿舎の大半は、檜皮葺(ひわだぶ)きの書院造で、対面の場などの城中行事がおこなわれた主要な建物であると考えられている。
また絵図には1軒だけ茅葺(かやぶ)きの建物がみられるが、それは数寄屋(すきや)造で、豊臣秀吉が在陣している諸大名に茶を振る舞うなどをした建物と考えられている。

「名護屋城」の多くの郭の中でもっとも特徴的で、日常生活にふさわしい郭として「上山里丸・下山里丸」がある。
在陣中の秀吉が、気候の悪い時期は本丸から「上山里丸・下山里丸」に下り、日ごろ茶・能・芝居などを催して楽しんだことが記録にある。
在陣中の真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子も他の大名たちとともに、秀吉から茶や能などに招かれたものと考えられる。

「名護屋城」の整備状況

現在、「名護屋城」跡を中心に半径3㎞ほどの範囲には、130箇所以上の全国の諸大名の陣所跡が分布している。
1926(大正15)年に「名護屋城」跡と23箇所の陣所跡が「名護屋城跡並びに陣跡」として国の史跡に、1955(昭和30)年には特別史跡に指定されている。

指定後、1976(昭和51)年から陣所跡の保存や調査が始まり、翌1977(昭和52)年度には「名護屋城跡並びに陣跡保存整備委員会」が発足し、次のような調査・整備が進められている。
<1976~1985(昭和51~60)年度:開始期>
*陣地跡の分布調査・発掘調査が本格化
<1986~1992(昭和61~平成4)年度:第1期保存整備>
 *危険箇所の石垣修理に着手、陣所跡の発掘調査、名護屋城跡全域の予備調査など
<1993~2002(平成5~14)年度:第2期保存整備>
*名護屋城跡の本格的な発掘調査開始、大規模改修の痕跡や本丸御殿跡・上山里丸・下山里丸の茶室跡等で貴重な発見など
<2003~2012(平成15~24)年度:第3期保存整備>
*「上山里丸・下山里丸」・「弾正丸」、城下町地区、太閤道(当時の軍用道路)等の発掘調査、本丸御殿跡の整備に着手など
<2013~2021(平成25~令和4)年度:第4期保存整備計画>
*名護屋城本丸御殿跡の整備や危険個所の石垣修理の継続、上山里丸・下山里丸で確認の草庵茶室跡の整備などを計画

1993(平成5)年10月には城跡に隣接して「佐賀県立名護屋城博物館」が開館し、特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」の保存整備事業と、文禄・慶長の役及び日本列島と朝鮮半島との交流の歴史についての調査・研究や展示などの活動をおこなっている。
そのなかで、2015(平成27)年4月からは、タブレット端末等を用いて往時の「名護屋城」を体感できる「バーチャル名護屋城」を開始した。
これは「名護屋城」と諸大名の陣所、城下町の様子をCG(高精細コンピュータグラフィックス)を駆使して再現したもので、特に「名護屋城跡」ではVR(バーチャルリアリティ)によって「名護屋城」の壮大な姿が甦るという。
※詳細は「名護屋城」公式ホームページを参照。

「名護屋城」における真田父子

「名護屋城」には全国から160もの大名が集ったとされ、それぞれが城の周辺の丘陵を利用した陣所を設けている。
真田父子の陣所については『文禄・慶長の役城跡図集』に「七百騎 真田源吾(真田信幸)赤松」とあるが、現在、陣所の比定地は、「永田」・「中尾」・「ソベイシ」・「猿浦」・「赤松」の5箇所が考えられている。

それらの現状は次のとおりであるが、現時点で真田父子の陣所は明確でない。
「永田」:南側で土塁状の遺構と、北西から北側にかけて幅2~5mほどの帯曲輪状の遺構が残存
「中尾」:北側・南側で曲輪空間と推定される遺構と、北側で石垣が遺存、「旗竿石」が残存
「ソベイシ」:詳細不明、寺沢正成(広高)の陣とする説あり
「猿浦」:丘陵頂部一帯に石塁、土塁を伴う曲輪空間が残存
「赤松」:丘陵頂部一帯に土塁を伴う曲輪空間が残存





真田父子は「名護屋城」に滞在するものの、朝鮮へ渡海することなく、1593(文禄2)年8月には大坂に戻っている。
真田父子が「名護屋城」でどのように過ごしたかについては、次のことがわかっている。
*信幸が聚楽第にいる豊臣秀次から長期在陣をねぎらわれ、帷子を贈られたこと(『眞田文書』)
*佐竹義宣の家臣・大和田重清が昌幸の陣の座敷を見物したこと(『大和田重清日記』)

おわりに

真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子も滞在した「名護屋城」は、「大坂城」にも匹敵する大規模な城郭であった。
朝鮮出兵後、「名護屋城」は廃城となり、石垣などの破却がおこなわれ、「唐津城」(佐賀県唐津市)の築城に際しては資材が転用されたという。
現在、城跡は特別史跡「名護屋城跡並びに陣跡」として保存整備事業がおこなわれており、その成果は「佐賀県立名護屋城博物館」で展示・発信されている。
ただし、真田父子の陣所の場所については確定されておらず、今後の発掘調査等の進展に期待したい。

(寄稿)勝武@相模

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