仙台真田家は、真田幸村(真田信繁)の2男・片倉守信を祖とする武家の名で、仙台藩士であった。

真田幸村が大阪夏の陣にて討死し、嫡男・真田大助も果てたが、二男であった真田大八は、姉・阿菖蒲おかね穴山小助の娘などと共に、仙台藩の白石城主・片倉重長のもとで養育を受ける。

そして成長した真田大八は、片倉姓を称して片倉守信と名乗り、第2代の仙台藩主・伊達忠宗の時代の1640年に、真田守信(真田四郎兵衛守信)と真田姓に戻し、知行300石の召出二番座で、仙台藩士に列した。

この真田守信の系統が「仙台真田家」として存続し、今日まで続いた。



・初代-片倉守信(真田守信)
・2代-真田辰信
・3代-真田信成
・4代-真田信経
・5代-真田信親(田村顕道の3男)
・6代-真田信珍(大條頼始の3男)
・7代-真田信凭
・8代-真田幸清(真田信知の長男)
・9代-真田幸歓(通称は真田喜平太、洋式兵学者・参政として戊辰戦争にも従軍した)

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