真田家

山中城の魅力を探る~土だけからなる希少な山城~

山中城の概要山中城は1568年(永禄11年)頃に、後北条氏により相模(現神奈川県)と駿府・伊豆(現静岡県)国境をめぐる緊張の中で、東海道の抑えとして、あるいは駿河方面へ出陣する際の基地として築城された。その後、防衛力強化のために増築を重ね、...

片倉小十郎の城「白石城」の謎~築城時期と三階櫓~

はじめに真田信繁(真田幸村)の遺児である阿梅や真田大八(片倉守信)が過ごした白石城は、明治維新を機に廃城となった。現在は1992年(平成4年)からの復元工事により、天守の代わりをつとめた三階櫓などが復元されている。築城から廃城まで主なものだ...

三好宗渭 真田十勇士「三好清海入道」のモデル武将

三好三人衆の一人で、真田十勇士の三好清海入道のモデルと言うと、信長の野望シリーズを遊んでいる方はすぐに「三好政康」の名前が出てくると思いますが、三好宗渭(みよし-そうい)の本名は三好政勝(みよし-まさかつ)が正しい名前のようで、弟には三好為...

真田父子も築城にかかわった「伏見城」の遺構 ~発掘調査状況と移築建造物の現状から~

はじめに豊臣秀吉が晩年の城郭である「伏見城」(「指月伏見城」と倒壊後の「木幡山伏見城」)の築城には、真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子もそれぞれ人夫や用材などを負担するなど築城に関わった。その経緯については豊臣秀吉晩年の城・「伏見城」~築城経...