犬伏の別れ~真田家の生き残りをかけた決別の地「犬伏」と「小山評定跡」訪問記・駐車場情報

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関ヶ原の戦いのまえ、真田昌幸真田信幸(真田信之)・真田信繁(真田幸村)の親子は、徳川家康が発した会津征伐の号令に従い上田城沼田城を出発します。
大阪城(大坂城)を出た時は、徳川家康らに同行していた真田信繁(真田幸村)も、途中で父・真田昌幸に合流し、そして、先行する徳川本隊に追いつくべく下野の宇都宮城を目指しました。

しかし、1600年7月21日、宇都宮城まであと1日くらいの距離となる「犬伏」に真田勢が駐屯していたところに、石田三成からの密使が到着します。

石田三成や大谷吉継らが徳川家康を討つために大阪にて蜂起したのです。
西軍の石田三成に味方するのか、このまま東軍として徳川家康に協力するのか?
先行していた真田信之を犬伏に呼び寄せて真田昌幸・真田信繁ら親子3人は協議したとされています。




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石田三成と真田昌幸は姻戚関係であり、真田信繁(真田幸村)の正室も豊臣恩顧である大谷吉継の娘・竹林院です。
そして、第1次上田城の戦い(神川合戦)の遺恨もあることから、真田昌幸は徳川家康が嫌いです。
しかし、長男・真田信幸(真田信之)は、上田合戦の後、徳川家康と言う人物に傾倒しており、正室も本多忠勝の娘・稲姫(小松姫)が、徳川家康の養女となって嫁いでいました。

3人の親子は長い激論となったとされています。
結果的に真田昌幸・真田幸村は石田三成に協力することを決め、真田信幸は徳川家康にと、それぞれ袂を分かち離別しました。
その話し合いをした場所が、佐野の郊外にある犬伏と言う地であることから「犬伏の別れ」と呼ばれています。
真田家が生き残るために東西に分かれたとも言われていますが、小生は姻戚関係を重視した結果、必然的に分かれる事になったと推測致しております。

協議の途中、重臣・河原綱家は様子が気になって、話し合いをしている建物の戸を開けました。
「何人も部屋には入るなと申し付けたはず!」と、怒った真田昌幸は、履いていた下駄を投げつけたそうで、河原綱家は前歯が欠けたと言われています。

真田昌幸ら3人が、犬伏の別れの「密議」をした場所は、諸説ありますが、下記の2箇所があります。
1つは下記の「新町薬師堂」です。

新町薬師堂

米山古墳のところに薬師堂があります。

新町薬師堂

東隣の道路脇が新しく無料駐車場になりました。
米山古墳の西側に新町薬師堂がります。

新町薬師堂

あともう1つの犬伏の別れの説となっている場所は、下記の「大庵寺」です。

大庵寺

同じ犬伏町にあり、そんなに離れていません。
大庵寺の方が規模が大きいですので「相談」した場所としては、こっちが本命のような気も致しますが・・。
そう考えますと、薬師堂は父・真田昌幸が、2度と顔を合わす事もなかろう嫡男・真田信幸(真田信之)を見送った「別れ」の場所のようにも感じます。

大庵寺

大庵寺の場所は下記の地図ポイント地点です。
境内に参拝用駐車場があります。
地図は縮尺を変えてご覧願います。

真田昌幸・真田信繁は引き返して、途中、沼田城に寄ってから上田城に戻っています。
途中に寄った沼田城では、稲姫(小松姫)との有名なエピソードもあります。
真田信幸は、父と弟が石田三成についたことを、小山城に本陣を置いていた徳川秀忠・徳川家康に報告すると共に、徳川家に忠節を示すため、真田信之と名を改めて、父と決別したことを宣言しました。
7月25日、徳川家康は諸将を集めて「小山評定」を開きます。
そして、真田信之は、徳川秀忠の徳川家本隊に加わって、上田城攻めにも参加するのです。

小山評定の石碑があるのは、小山市市役所の東側にある駐車場の真ん中(こんもりと木々が茂っているとこ)になります。

小山評定跡の石碑

下記の地図ポイント地点が、小山評定跡の石碑がある場所です。
駐車場は市役所のを拝借可能で、その駐車場も東側の国道4号から入れます。

ちなみに、この日は、岩槻城館林城善導寺佐野城・犬伏・唐沢山城小山城古河御所と周りましたので、セットで訪問される際のご参考にどうぞ。

犬伏の別れのあとの沼田城での小松姫の有名な話は下記の「小松姫」、第2次上田城の戦いに関しては下記の「真田昌幸」や「徳川秀忠」のコーナーにて詳しい掲載させて頂いております。

真田昌幸~戦国時代を巧みに生き抜き真田家を守った名将(詳細版)
真田信之に関してはこちら
真田幸村の詳細はこちら
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