山田右近尉~北信濃の武将と真田家の関係
大河ドラマ「真田丸」に登場する山田右近尉について色々と調べてみましたが、詳しい事は不明です。元々、北信濃の山田氏と言うと、荒砥城主・山田越中守二郎として知られますが、山田氏は村上義清の村上一族です。戦国時代には、山田国政が吾妻清綱とともに荒...
大河ドラマ「真田丸」に登場する山田右近尉について色々と調べてみましたが、詳しい事は不明です。元々、北信濃の山田氏と言うと、荒砥城主・山田越中守二郎として知られますが、山田氏は村上義清の村上一族です。戦国時代には、山田国政が吾妻清綱とともに荒...
長崎基家(長崎元家)(ながさき-もといえ)は、1538年生まれで長崎弥左衛門尉とも呼ばれる。最初は滝川一益の家臣であり、主に奉行として活躍した。1582年の本能寺の変のあと、滝川一益の命を受けて、援軍を要請する為、滝川家の家臣になっていた本...
2016年のNHK大河ドラマ「真田丸」にて、まさに大注目の大阪府・和歌山県の真田信繁(真田幸村)ゆかりある史跡・観光スポットをご紹介致します。まずは大阪府の史跡からご紹介させて頂きますが、大阪府では主に大阪冬の陣と大阪夏の陣での史跡・神社な...
三光神社(さんこうじんじゃ)は、大阪府大阪市天王寺区の宰相山公園にある神社ですが、大坂の陣のあと、真田山に移転した神社となります。創建は西暦410年頃と伝わりますが詳細は不明。ただし、武内宿禰の末裔とされる武川氏が代々神職であり、現在は86...
大阪の一心寺から国道25号線を挟んで向かいにある、菅原道眞公と少彦名神が御祭神の安居神社(安居天満宮)は、大阪夏の陣で真田幸村(真田信繁)が討死した場所とされています。1615年5月7日、子の真田大助を大阪城へ返し、茶臼山から出撃した真田幸...
善福寺(ぜんぷくじ)は、大阪市天王寺区空堀町にある高野山真言宗の寺院です。この善福寺は、真田丸があったとされる北の空堀だった場所にあります。江戸時代の1752年に高野山岩本院の法資法道が、大阪夏の陣の戦死者を弔う為に創建したのが、鏡如庵大師...
大阪の心眼寺(しんがんじ)は、1622年に白牟和尚(はくむ)が、真田信繁(真田幸村)と真田大助の冥福を祈るために創建した堂舎です。白牟上人は滋野氏の一族であると言う説もあり、創建から寺の定紋は六文銭で、山号は真田山と称します。しかし、当時の...
大阪市平野区長吉長原にある志紀長吉神社(しきながよし)は、大坂夏の陣の道明寺・誉田の戦いの後に真田信繁(真田幸村)が戦勝祈願したことで知られる神社です。時は大阪夏の陣の1615年5月6日、この日は道明寺の戦いとなり、後藤又兵衛が討死します。...
信州上田真田丸大河ドラマ館が、2016年1月より期間限定で開館予定です。計画では上田城跡公園にある旧市民会館の中に、大河ドラマ「真田丸」の世界観が体感できる「大河ドラマ館」を設ける予定になっています。場所的には申し分ないですね~。なお、入館...
恭雲院(きょううんいん)は、河原隆正の妹(河原殿)とされ、生年に関しては1522年とする説がある。 この兄・河原隆正(河原丹波守隆正)は、海野棟綱や真田幸隆の譜代家老であり、海野家とは一族(分家)となる。 海野家が没落した1541年に武田...