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滝川一積とは【真田家を助けた滝川家の浪人】

滝川一積(たきがわ-かずあつ)は、織田信長の家臣・滝川一益の長男である滝川一忠の子として1576年に生まれた。幼名は三九郎。※1583年生まれとも?滝川一績とも。1584年、小牧・長久手の戦いで、滝川一益と子の滝川一忠は、豊臣秀吉に従い参戦...

平原幡繁と清光院【真田昌幸の6娘】

 平原幡繁(平原和泉守幡繁)は1520年生まれとされる。 平原城主(有利小屋城主)で、1549年に上田原の戦いで敗れた武田晴信に反旗を翻して、村上義清から500の援軍を受けて籠城している。 そして、9月2日に武田信玄に攻められたが耐えて、翌...

禰津元直と根津政直と禰津昌綱(根津信光)とは

禰津元直(ねづ-もとなお)は、信濃の小県郡禰津を本拠地とする戦国武将で、1495年生まれ。根津元直、祢津元直とも書く。官途は宮内大輔。禰津常安斎とも。子は禰津勝直、禰津政直、禰津信忠。1541年、武田信虎が小県へ侵攻した際に村上義清の軍勢に...

龍岸寺~甲斐にて幕末まで存続した真田一族に縁ある古刹

 山梨県の長坂にある徳雲山龍岸寺は、真田一族である真田隠岐守信尹の墓所なのですね。 この真田信尹は、真田幸隆の4男とされています。 すなわち、真田信綱、真田昌輝、真田昌幸の弟となります。 1582年に武田勝頼が自決したあとは、真田昌幸とは別...

壺谷又五郎~真田昌幸の忍者

 壺谷又五郎(つぼや-またごろう)は、真田太平記に登場する忍者の頭目。 もとは武田晴信に仕えたと言う伊那の忍びで、上州攻略の際に、真田昌幸が武田勝頼から借り受けたのが、この忍びの壺谷又五郎である。 真田昌幸が沼田城を攻略すると、武田勝頼は「...

真田信政とは【第2代の松代藩主】

真田信政(さなだ-のぶまさ)は、真田信之の次男として1597年11月に生まれた。母は本多忠勝の娘である小松姫。関ヶ原の戦いの際に、徳川家の人質として江戸城に送られている。この時、徳川家康は真田信之の忠義に対して「吉光の短刀」与え、真田家の家...