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名軍師と伝わる山本勘助~その謎に満ちた生涯に迫る

山本勘助山本勘助(やまもと-かんすけ) 諱・晴幸まず、山本勘助の存在として、そのものが実在したのか、それとも架空の武将なのか、そのこと自体はっきりとした証明ができない、謎に包まれた伝説の武将である。【甲陽軍鑑】や他の文献によると、1493年...

禰津元直と根津政直と禰津昌綱(根津信光)とは

禰津元直(ねづ-もとなお)は、信濃の小県郡禰津を本拠地とする戦国武将で、1495年生まれ。根津元直、祢津元直とも書く。官途は宮内大輔。禰津常安斎とも。子は禰津勝直、禰津政直、禰津信忠。1541年、武田信虎が小県へ侵攻した際に村上義清の軍勢に...

甲斐の武藤家とは? 真田昌幸が継いだ武藤家

 真田昌幸が最初、養子に入った武藤家に関して調べてみました。 甲斐の武藤家は、甲斐源氏である武田氏の庶流・大井氏からの支族であり、武田信玄の母・大井の方が、その大井氏の出身です。 すなわち、武藤家は武田家の親族衆です。 戦国時代の甲斐・武藤...

常田隆永と常田俊綱と常田隆頼そして常田作兵衛

 常田隆永(ときだ-たかなが)の父は諸説有、真田頼昌、海野棟綱、海野幸義などがある。 海野棟綱の3男とする説になると、武田信玄に仕えた真田幸隆が兄であり、常田隆永は常田家に養子として入った。 なお、矢沢頼綱よりも早く武田幸隆の配下に加わった...

白倉武兵衛とは~武田家臣から真田家に仕えた武将

 白倉武兵衛(しろくら-ぶへい)は、1547年生まれの武田家の家臣で、1564年に箕輪城攻めの際、真田幸隆が武田信玄に使いを出した武田家武将として白倉武兵衛の名が見られる。 武田勝頼の自決後、白倉武助(父か?)と共に真田昌幸を頼って、真田家...

真田信尹【真田隠岐守信尹】の生涯

  真田信尹(さなだのぶただ)は、真田幸隆の4男として1547年?に誕生した。 母は正室・河原隆正の妹・恭雲院。 兄に真田信綱、真田昌輝、真田昌幸がいる。 なお、真田昌幸と歳が同じであることから、母は側室だったとする説や、双子だったと言う説...