小松姫の墓~芳泉寺に眠る小松姫


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 真田昌幸が築いた上田城から西へと約10分ほど歩くと「芳泉寺」があります。
 上田城から向かう経路からご紹介したいと思います。

 

 現在の上田城からは、西側にある小泉橋を抜けて道なりに進むと、旧松本街道の石碑が見えてきます。
 その坂へ左折して降りて、右に行ける人が歩ける狭い道を進みます。

 

 狭い道の途中は、上記のように古い建物も残されています。
 なお、各写真はクリックすると拡大します。

 

 この道を抜けて、ちょっと右に行くと芳泉寺です。
 上田城からは歩いて10分程度です。

 

 北国街道で善光寺へ向かう途中の祈願所でもあったと言う芳泉寺ですが、境内に1歩入ると、すぐにスゴく立派なお寺さんであることがわかります。

 
 
 歴代の上田藩主(仙石氏、松平氏)の菩提寺でもあったのですね。

 

 小松姫は、本多忠勝の娘で、徳川家康の養女となって真田昌幸の嫡男・真田信幸(真田信之)に嫁いだ、才色兼備で武勇もあるお姫様です。
 小松姫は、病気療養のため、1626年に江戸の真田藩邸から草津温泉へ向かう途中、1626年2月24日に鴻巣で倒れて亡くなりました。
 そして、当時の上田城主・真田信之によって、この常福寺(現在の芳泉寺)に埋葬されたのです。

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小松姫の墓

 小松姫の墓は、芳泉寺の本堂から左手奥へと進み、本堂の裏手にあります。
 墓地は立派ですので、裏手にまわればわかると思います。

 

 宝筐印塔(ほうきょういんとう)が小松姫の墓で、塔身と下壇の石には、小松姫の経歴が刻まれています。
 その終わりには「元和七年三月廿四日施主信之」とありますので、1周忌に建立したとわかります。

 

 要するに、1周忌に建てたようです。
 調べて見ますと、小松姫の御霊廟は、松代城へ移った際に、大英寺に移設したようで、ここ芳泉寺には分骨として残されているようです。

 芳泉寺へのアクセス・場所・行き方ですが、下記の地図のポイント地点となります。
 駐車場は隣の幼稚園の駐車場が利用できる?ようですが、やはり、上田城から歩いて行きたいところです。

 

 上田市の真田の里を訪れる方への観光所要時間など、下記にまとめてあります。
 →他の真田の里紀行をみる
 →沼田城近くの小松姫の墓はこちら
 →小松姫の墓【鴻巣・勝願寺】仙石秀久の墓も
 →本多忠勝~名槍が似合う豪将・徳川四天王

 

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