【徳川四天王と城】井伊家14代の居城「彦根城」の特徴を探究する~築城経緯と縄張り(構造)を中心として~
彦根城の概要彦根城(滋賀県彦根市)が築かれた場所は、東に佐和山、西に琵琶湖を控え、その間に1-1.5kmの隘路(あいろ)が続く交通の要衝で、湖北平野と湖東平野の境でもある。彦根城の築城は1604年(慶長9年)に始まり、わずか2か年で主要部が...
彦根城の概要彦根城(滋賀県彦根市)が築かれた場所は、東に佐和山、西に琵琶湖を控え、その間に1-1.5kmの隘路(あいろ)が続く交通の要衝で、湖北平野と湖東平野の境でもある。彦根城の築城は1604年(慶長9年)に始まり、わずか2か年で主要部が...
井伊直政の生涯井伊直政(いい なおまさ)は徳川家康を支え、江戸幕府の創建に尽力した武将で、酒井忠次(さかい ただつぐ)・本多忠勝(ほんだ ただかつ)・榊原康政(さかきばら やすまさ)とともに「徳川四天王」の一人として知られている。井伊直政は...
藤堂高虎と築城藤堂高虎(とうどう たかとら)は加藤清正(きよまさ)・黒田孝高(よしたか・官兵衛)とともに「三大築城名人」の1人として知られている。74年間の生涯において22に及ぶ城(筆者確認のみ)の築城や改修をおこなっているが、それらの中に...
藤堂高虎の生涯藤堂高虎(とうどう たかとら)は加藤清正(きよまさ)・黒田孝高(よしたか・官兵衛)とともに「三大築城名人」の1人として知られている。74年間の生涯において22に及ぶ城(筆者確認のみ)の築城や改修に関わり、その築城技術は徳川家康...
天下普請による築城全国統一を果たした豊臣秀吉が1598年(慶長3年)に没すると、五大老筆頭の徳川家康と五奉行の石田三成の対立が激化した。1600年(慶長5年)、石田三成が五大老の毛利輝元を盟主に挙兵すると、徳川家康は福島正則・黒田長政らの豊...
江戸城天守の概要現在、江戸城の本丸の西北端近く、北桔橋(きたはねばし)門の正面に位置する天守台は、明暦の大火(1657年)後の1658年(万治1年)9月に再建された天守台が基となっている。その後、1860年(万延1年)の小天守台を縮小する工...
藤堂高虎による縄張り 江戸城(東京都千代田区)は江戸時代、江戸幕府の政庁及び徳川将軍15代の居城として機能し、明治維新後は天皇が住まいする皇居となり、日本の中枢としての役割を担い続けている。1590年(天正18年) 8月、徳川家康が江戸城に...
江戸城の概要 江戸城(東京都千代田区)は江戸幕府の政庁が置かれて政治の中心であり、また徳川将軍15代の居城でもあった。江戸城の歴史は平安時代に江戸重継(しげつぐ)が館(やかた)を構えたことに始まるとされている。江戸氏が15世紀の動乱のなかで...
徳川家康の始祖伝承 2023年(令和5年)のNHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公・徳川家康は1542年(天文11年)12月26日に三河(愛知県西部)の岡崎城(愛知県岡崎市)で生まれた。父の松平広忠(ひろただ)は三河の小領主で岡崎城主、母...
概要小牧山城(愛知県小牧市)は1563年(永禄6年)に織田信長が尾張平野中央部の標高85mの小牧山に築いた山城である。織田信長は美濃(岐阜県)の斎藤氏を攻略するために、清須城(愛知県清須市)から小牧山城に移り、小牧山南側の麓(ふもと)には城...