カテゴリー: 真田家

龍岸寺~甲斐にて幕末まで存続した真田一族に縁ある古刹

 山梨県の長坂にある徳雲山龍岸寺は、真田一族である真田隠岐守信尹の墓所なのですね。 この真田信尹は、真田幸隆の4男とされています。 すなわち、真田信綱、真田昌輝、真田昌幸の弟となります。 1582年に武田勝頼が自決したあとは、真田昌幸とは別...

真田信政とは【第2代の松代藩主】

真田信政(さなだ-のぶまさ)は、真田信之の次男として1597年11月に生まれた。母は本多忠勝の娘である小松姫。関ヶ原の戦いの際に、徳川家の人質として江戸城に送られている。この時、徳川家康は真田信之の忠義に対して「吉光の短刀」与え、真田家の家...

三井景国・三井覚左衛門景国・三井奉膳 真田幸村の家臣

 三井景国(三井覚左衛門景国、三井奉膳、みついかげくに)は、はじめ真田昌幸に仕えた譜代の家臣。 三井家は、真田幸隆の叔母が三井家に嫁したことから、真田家とは親戚となり、真田氏家紋の「六文銭」を用いている。 三井景国は、1600年の第二次上田...

阿梅【おうめ】とは? 真田幸村の娘・お梅のその後

1604年生まれとされる阿梅(おうめ)は真田幸村の娘で、母は高梨内記の娘・采女(うめね)とも言われる。※采女とは高梨内記と言う武将の事を差しているとも推定されていますし、母親に関してはもちろん諸説あります。この高梨内記は、真田昌幸と真田幸村...