カテゴリー: 真田家臣

滝川一積とは【真田家を助けた滝川家の浪人】

滝川一積(たきがわ-かずあつ)は、織田信長の家臣・滝川一益の長男である滝川一忠の子として1576年に生まれた。幼名は三九郎。※1583年生まれとも?滝川一績とも。1584年、小牧・長久手の戦いで、滝川一益と子の滝川一忠は、豊臣秀吉に従い参戦...

なぞの真田源八郎?

 真田幸村が大阪の陣にて徳川家康勢と戦った際の譜代衆に「真田源八郎」なる武将の名が見受けられます。 この真田源八郎は1585年生まれとされますが、真田幸村が入った大阪城に入りました。 大阪夏の陣の最後の夜である5月6日に、決死の覚悟を決めた...

禰津元直と根津政直と禰津昌綱(根津信光)とは

禰津元直(ねづ-もとなお)は、信濃の小県郡禰津を本拠地とする戦国武将で、1495年生まれ。根津元直、祢津元直とも書く。官途は宮内大輔。禰津常安斎とも。子は禰津勝直、禰津政直、禰津信忠。1541年、武田信虎が小県へ侵攻した際に村上義清の軍勢に...

常田隆家、常田俊綱、常田綱富とは

 常田隆家(常田隆永、常田伊予守隆家)は武田信玄に仕えた真田幸隆と矢沢頼綱の弟で、生年は1520年とも? 小県郡上田の常田家の養子となり、常田姓を名乗った。 常田隆家の通称は常田七左衛門、常田新九郎。 矢沢頼綱よりも早い時期に真田幸隆の家臣...

高梨内記と娘きり【真田信繁の側室】

高梨内記は真田昌幸の家臣で、九度山に幽閉された際に、同行した家臣16人の1人です。そして、高梨内記の娘・采女(うめね)が、真田幸村(真田信繁)の側室となり、次女・於市と、3女・阿梅(おうめ)を産んだとされます。ただし、於市は早世し、阿梅(お...

横谷幸重と横谷重氏とは【佐助の兄なのか?】

 横谷幸重(よこや-ゆきしげ)は、通称を横谷左近と言い、真田忍者として知られる。 父は横谷惣右衛門。弟に横谷惣左衛門幸秀と、横谷庄八郎重氏がいる。 もともとは雁ヶ沢城を本拠とする土豪で、真田昌幸・真田信之の2代に仕えた。 出浦清種(出羽清種...

常田隆永と常田俊綱と常田隆頼そして常田作兵衛

 常田隆永(ときだ-たかなが)の父は諸説有、真田頼昌、海野棟綱、海野幸義などがある。 海野棟綱の3男とする説になると、武田信玄に仕えた真田幸隆が兄であり、常田隆永は常田家に養子として入った。 なお、矢沢頼綱よりも早く武田幸隆の配下に加わった...