カテゴリー:真田家臣

  • 旧横田家住宅(国の重要文化財)~松代にある真田家臣の武家屋敷

    松代城下に残る「旧横田家住宅」をご紹介したいと存じます。 横田家は、旧松代藩士で、禄高150石の中級武士だったそうです。 そのため、住宅と言う名がついていますが、武家屋敷です。 そもそも武家屋敷…
  • 青柳清庵~九度山に同行した真田家臣と青柳千弥?

    青柳清庵(あおやぎ-せいあん)は1550年?生まれとされる。 元々、青柳家と言うのは、北信濃で君臨した村上義清の家臣で、武田信玄が川中島へ進出を図った際に、真田幸隆によって調略されて、武田家臣になった。 この…
  • 北能登守とは~小川城主として真田家に貢献した武将

    上杉謙信に臣従していた小川城主・小川可游斎(小川可游斎)の家臣に、北能登守と武将が見受けられるが、小川氏の一族と考えられる。 1570年、武田信玄の進出に押されて、小川城は武田家に臣従。 その後、1580年1…
  • 蓮華定院【真田昌幸と真田幸村が最初に蟄居した幽閉の地】高野山

    高野山にある「蓮華定院」は真田昌幸と真田幸村が最初に高野山に幽閉された際に蟄居した真田家ゆかりの寺院です。 蓮華定院(れんげじょういん)は、室町時代の1523年に、長野の小県・佐久地方の豪族と宿坊契約が結ばれたと言…
  • 宮ノ下藤右衛門【真田家の家臣】

     宮ノ下藤右衛門(みやのした-とうえもん)と言う名が、戦国武将・真田家の家臣として見受けられます。  宮ノ下家は佐久郡宮ノ下村を知行していた村上義清の家臣だったようですが、武田信玄によって村上義清が越後へ逃亡す…
  • 室賀正武の真田昌幸暗殺未遂事件と原畑城【大河ドラマ真田丸】~室賀久太夫も

    室賀正武(むろがまさたけ)は、室賀城主(笹洞城・原畑城)であり、2016年NHK大河ドラマ「真田丸」において、室賀正武は俳優・西村雅彦さんが演じます。 武田信玄の時代に、村上義清に従っていた楽巌寺光正(室賀光正、室…
  • 真田昌幸の家臣一覧表リスト

     真田昌幸の主な家臣一覧リストです。 譜代の城主  ・矢沢頼綱(沼田城:叔父)   ・常田隆家(常田城:従兄弟)   ・丸子三左衛門(丸子城)  ・禰津元直(禰津城・滋野一族)   ・恩田越前守(森下…
  • 富沢豊前守【富澤豊前守】と望月主人

     富沢豊前守(富澤豊前守)は、富沢出羽守の次男。生没年などは不詳。  次男でありながら武勇を誇ったようで吾妻七騎の旗頭として、長篠の戦い、沼田城攻略戦、対北条戦など真田昌幸の配下しとて参加。 一軍の将ではないも…
  • 大戸真楽斎とは?~手古丸城主【大戸城主】

     大戸真楽斎(おおと-しんらくさい)の本姓は浦野氏で、信州の滋野氏の一族であり、手古丸城主(大戸城主)であった。  岩櫃城主・斉藤憲広の妹を正室に迎え入れ、羽尾氏と鎌原氏の領地争いでは、斉藤氏・羽尾氏に荷担して、鎌原氏…
  • 恩田越前守と恩田伊賀守~沼田衆

     恩田家は、上野・沼田庄恩田(群馬県沼田市)の土豪で、1561年の段階では沼田衆に、恩田孫五郎・恩田与右兵衛尉の名がみえ、上杉謙信の支配下に加わっていたとみられる。  1579年に北条氏政が沼田城を領国としたが、そ…

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    概要 豊臣秀吉が晩年に京都市伏見に築城した「伏見城」(京都市伏見区)は、宇治川北岸の泰長老の辺りに…
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    真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子が在陣した「名護屋城」~構造・整備状況を中心に~

    概要 真田昌幸・信幸・信繁(幸村)父子は、1592(文禄元)年から1598(慶長3)年までの朝鮮出…
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    真田一族と朝鮮出兵~「名護屋城」への在陣~

    朝鮮出兵の概要 全国統一を果たした豊臣秀吉は明の征服を試み、1587(天正15)年、対馬の大名…
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